昨日で終わるつもりだった看取りに関する記事。
よかよか(id:kaze2fukaretex)さんのコメントや
夫の母の延命治療に関して、夫ら兄弟3人は胃ろうはしないと話し合って決めていたのに、いざそうなったら一緒に住んで面倒見ていた長男が「見殺しにするようでできなかった」と胃ろうにしてしまいました。
認知症で寝たきりで何も分からず時々目を開ける、くらいの状態でした。それで1年くらいは延命したと思いますが、いろいろ考えてしまいました。
ハピチわ(id:mendokusainoYADA)さんの記事を読ませていただき
mendokusainoyada.hatenablog.com
これはお伝えしたいと思ったので③を書くことにしました。
介護施設で看取りケアに入る大きなきっかけとして挙げられるのは
「食事が摂れなくなること。」
認知面の低下だったり
誤嚥性肺炎を繰り返すなど機能的な問題だったり、原因はさまざま。
その場合、栄養を補う方法してあるのが
「経管栄養(胃ろう含む)」や「中心静脈栄養」。
・経管栄養は管を通して胃に直接栄養を入れることで、
鼻から胃まで管を入れる「経鼻経管栄養」と
胃に穴を開ける手術をして管を付ける「胃ろう」がある。
・中心静脈栄養は太ももの付け根や鎖骨下の太い静脈から心臓の近くまで管を入れ、
栄養価の高い点滴を入れる。
経鼻経管栄養以外は医師しか行えない(病院への転院が必要)。
どちらも治療などで一時的に口から食べられない方のために考えられた方法であり、
それが食事を摂れなくなった高齢者に対して行われるようになったらしい。
そういう点から考えるとどれも延命処置になるのではと私は思っている。
これらの方法は栄養を摂れるようになるが、デメリットもある。
誤嚥性肺炎のリスクは0にはならないし、管を抜くリスクもある。
胃ろうの周囲に潰瘍ができることもある。
中心静脈栄養に関して言えばどんなに気を付けて挿入し消毒していても
感染を起こして最悪敗血症(全身に感染症状が広がる)になることもある。
これらの情報を提供をした上で、ご家族にどうするかの判断をお願いしていた。
何もしないと決めた後でも
それこそ「見殺しにしているのでは」という罪悪感を持つ方もいた。
そういう時に私が伝えていたのは
・食事を摂らないのはもう要らないからと考えることもできる
・食事を消化するのもエネルギーが要る
→高齢の方には食べること自体が負担になる場合もある
・徐々に終わりに向けてご自分で準備をされているのかもしれない
・点滴を入れることも心臓に負担がかかる
(医師は「溺れたみたいになる」と表現していた)
というようなことだった。
残されるご家族は「何かしてあげなきゃ。」「何かできるのでは?」と思いがちだが、
「何もしない方が本人は楽かも」という視点を持ってもらうことで
気分的にはかなり楽になるようだった。
また、お母様を看取ったとあるブロガーさんが書かれていた言葉を
良く引用させてもらっていた。
その方は「看取りは最後の子育て」と表現されていた。
私はこれを
「命を掛けて最後に人がどのように亡くなっていくのかを教えてくれている」
と解釈してご家族に話した。
だから悲しいけれど、一緒に見届けてあげましょうという気持ちで。
3記事に渡って私の経験を元に「看取り」について書かせていただきました。
とてもセンシティブなことですし、考え方も人それぞれで正解はありません。
ただこの記事をきっかけに自分と向き合ったり、
何かのタイミングでお役に立てれば幸いです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。