がんと愛犬と私

がんサバイバーという生き方

次の抗がん剤も・・・

卵巣がんの標準治療が受けられなかった私は、アナフィラキシーを起こした翌週、再度入院して別の抗がん剤を試すことになった。

 

(この先どうなってしまうのか・・・)

(使える抗がん剤はあるのだろうか・・・)

(もしかしたらこのまま全身にがんが広がってしまうのではないか・・・)

 

入院までの1週間、悪い想像ばかりが浮かび、不安に押しつぶされそうだった。

 

新しい抗がん剤はドキシル。これにカルボプラチンを組み合わせて投与する予定だった。

ドキシルを開始して5分、前回ほどではないが、のどの違和感を感じた。

この頃の私は平静を装っていたが、もう冷静な判断ができなくなっていた。

 

(これは気のせい。今回は大丈夫なはず。)

 

ひたすら自分に言い聞かせた。

そのうち吐き気もしてきた。

もう少し様子見よう。

この間に、看護師さんも何度か見に来てくれていたのだが、「大丈夫だと思う。」と言ってしまっていた。

結局30分ぐらい我慢していたと思うが、最終的に動悸がし始め、限界を感じ、ナースコールを押した。

そして体を起こしていられないほどの呼吸苦、強い吐き気、顔のほてりが来た。

すぐに看護師さんと主治医がきて、

「前回と比べてどう?前より苦しい?」と聞かれ、

「前よりはマシだと思います・・・。」と返事したのは覚えている。

 

この時点でドキシルは中止、抗アレルギー剤を点滴。

昼食に食べたものも嘔吐してしまい、看護師さんに背中をさすってもらいながら、

 

「悔しい・・・!できると思ったのに!悔しい!」

 

と大声で泣き叫んでしまった。

 

担当看護師さんは

「tamozoさんの気持ちに気付けなかった。そうだよね。ごめんね。」

と言ってくれたのだが・・・スタッフには本当に心配をかけてしまった。

下手したら命も危なかったのだ。

 

結局、この入院でも抗がん剤は投与できず、翌日に退院することになった。

主治医に翌週、また別の抗がん剤をしてみようと提案されたが、もうがんばれそうになかった。もしかしたらまたアレルギーを起こすかもしれないという恐怖心もあったし、精神的に疲れきってしまったのだ。

がんが見つかってから数か月。ただただ必死に走ってきたが、ここで限界がきた。主治医に1か月ぐらい休みたいと伝え、治療は一旦ストップすることにした。