がんと愛犬と私

がんサバイバーという生き方

Aさん

昨晩、バンド関係の先輩から誕生日おめでとうの電話が来た。

この先輩(Aさんとします)は元夫を通じて知り合った方で、

元ヤンで相当ケンカとかしてきただろうなと想像がつくような人である。

でもとてもまっすぐで思いやりのあるすてきな人でもある。

 

私が地元に帰ってからも毎年誕生日にLINEを送ってくれていた。

でも元夫ともおそらく連絡は取っているだろうと警戒して、

離婚が成立するまでは簡単に返事を返すだけにしていた。

離婚成立後、Aさんの誕生日にお祝いと

「やっと穏やかな気持ちで生活できるようになりました。」

とLINEに書いたら速攻で電話が掛かってきた。

 

・とても心配していた

・でも夫婦のことだから口を出しちゃいけないと思っていた

・元夫の話を聞いているだけでも、tamozoに分があると思っていた

・数年前、tamozoがふっと愚痴を漏らした時にもっと話を聞いていたら

 こんなこと(離婚やがん)にはならなかったかもと後悔した

など、大事に思っていてくれたんだなぁと申し訳ないやらありがたいやら。

 

このAさん、数年前からお一人でご家族二人の介護をされている。

そのうちのお一人が先月、かなり危ない状態で救急搬送・入院された。

その時、医師からどこまで救命しますかと聞かれ、パニックになってしまったと。

幸いにもご家族は回復されたそうだが、

これから先もこういうことが起こるんだなと思ったそう。

 

Aさんの話を聞きつつ、私は施設看護師として経験してきたことを話す。

どのご家族もそうやって悩まれていたこと、

元気な時に話し合いをしていればいいけれど、ほとんどされていないこと、

だからそれが普通なんですよと伝える。

そんな話をしながら

(あー、看護師の仕事、本当に好きだったな。)

と思った。

 

私が働いていた施設では「看取りケア」を行っていた。

看取りとは簡単に言うと

「積極的な治療はせず、できるだけ自然に穏やかに最後を施設で迎える」

ことである。

亡くなる過程を目にする機会が減っているためか、

「いつかは亡くなる」と想像できない方がけっこういらっしゃって、

Aさんと同じように「最後をどうしたいか」と聞くと

ほぼ皆さん、返答に困ってしまう。

そんなご家族に説明し、ゆっくりと受け入れてもらう。

(そんな猶予がない時ももちろんある)

面会に来られれば様子を伝え、来られなければ電話して様子をお伝えする。

悲しいけれど、最後にご家族が安心して見送れるように。

語弊があるかもしれないが、この過程に関わるのが本当に好きだった。

もうきっと看護師には戻らないけれど、

看取りケアを通して経験したことは本当に良い軸になっている。

 

Aさんはいつも

「介護や看護の仕事をしている人には本当に頭が下がる。」

「tamozoに相談できるから本当にありがたい。」

と言ってくれる。

でも、母に関わってみて「介護の仕事」と「家族の介護」は全く別物だと気づいた。

 

今まで好き勝手やらせてもらったからと

1人で2人もご家族を介護しているAさんの方が本当にすごい。

時々、怒鳴ってしまうと気にされていたが、

家族だからこそそういう時もあって良いと思う。

逆にそういう風に発散しないと家族介護なんてやってられない。

そんな話をして、お互いに体に気を付けてと電話を切った。

頑張りすぎないで、またいつでも電話してきてください。

 

 

 

 

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